農家栄養士miccoの暮らし。

食べ物への感謝を忘れずに。

生き甲斐を持つことのススメ

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「病名はIgA腎症。原因不明、確立した治療法はなく、進行すると腎不全になり人工透析や腎移植が必要になります。」

 

そう告げられてからもう13年も経つ。

 

治療を開始して、手術を行い、入院することもなくなりました。ただ今も潜血の症状だけが残る状態。

 

自分の体と向き合う瞬間は、4ヶ月に1度の定期検診でやってきます。

 

 

ステロイドパルス療法と扁桃腺摘出手術までしたら普通は潜血もなくなるんだけどね。あなたの場合はそこが気になるところなんだよね。様子見ましょう。」

 

毎回の検診で、変わらない数値を見てはこう告げられる。

それが最近は、もうひとつ増えてしまった。

 

「20代でLDLコレステロールが150mg/dl超える人は滅多にいないんだけどね。」

 

何故か、一昨年くらいからコレステロール値に異常値が表れてしまったんです。家系に高コレステロール血症や心筋梗塞脳卒中になった人もいないのに。

 

・学生時代と比べたら農作業で運動はしてる

・食事も野菜中心で薄味

 

「青魚が効く」「酒粕が効く」「運動が良い」…色々試してみたけれど、悲しいくらいに効果は出ず。

 

 

ふと、13年前のあの日を思い出してしまう。

 

「もしもまた、普通の生活が出来なくなったら?」

 

そんな疑問も沸いてくる。

 

そんな時、いつも考えることがあります。

 

「自分の生き甲斐って何だろう」

 

いつ終わりが来るか分からない人生の中で、やりたいことを悔いなく出来ているんだろうか。

 

くだらない常識やルールに縛られて未来ばかり見て「今」をおざなりにしていないだろうか

 

生き甲斐を持って自分に胸を張れるような生活が出来ているだろうか。

 

「今、楽しい?満足してる?」そうやって自問自答してみたり。

 

 

きっと、自分の体に異変が表れるときは、いつも何か大切なことを知らせてくれるとき。そう思って前に進むしかないと思っています。

 

食生活が原因でなる病気(生活習慣病)もあれば、どんなに健康的な生活を送ってもなる病気もあるということは身をもって感じていること。

 

だからこそ、未然に防げるものは防いだ方が「後悔」せずにすむし、健康に長く生きられる人はその分、人生を楽しんだ方がいいに決まってる。

 

食の分野からそうした人達のお手伝いがしたいし、健康で長生きする人達のいきいきとした姿を見ることが私の喜びで生き甲斐なのかもしれない。

 

生き甲斐があるから辛いことがあっても毎日前を向いて生きていけるし、また頑張ろうと思える。

 

 

生き甲斐はどんなことでもいいと思います。趣味でも食でも特定の人でも。夢とかゴールというとちょっとハードルが高いけれど、生き甲斐であれば、自分が幸せであるために強く求めるモノやコトでいい。

 

大きな夢を語る必要もなければ、あなたが幸せだと感じることこそが大切なこと。そのために努力したり、我慢したり、生き甲斐って、その人の信念や思想みたいなものなんじゃないかなぁと。

 

 

私の場合、こうして無農薬で野菜を作るのも、極力、健康的なリスクを下げたいから。

料理教室を開催するのも、自炊で健康をコントロールして元気に長生きしてほしいから。

食育セミナーや買い物講座を開催するのも、間違った情報に惑わされずに食を選択できる生きる力を身につけてほしいから。

 

これが私の信念でもあり、生き甲斐でもあるんです。

 

 

まだまだ人生先は長いと信じて、今日一日が良き日になりますように。

 

micco

言葉はあなたの夢を叶えてくれる

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ついに今日は新元号、「令和」の発表でしたね。

 

新しい時代の幕開けということで、私もいよいよ本格始動です。

 

 

「あなたは普段、言葉にすることを意識していますか?」

 

私は今まで、自分の感情や夢を言葉に出したり、周囲に話すことが苦手でした。本音を話すことで人間関係がこじれるのを恐れたり、やりたいことを周りに話して実現できなかったら恥ずかしいな…なんて思ったり。

 

「リスクを背負うくらいなら、言葉にしない方がマシ」

「良く考えてから行動した方がいいからもうちょっと考えよう」

 

そう思っていました。

 

けれど、自分が困難にぶつかる時、必ずといっていいほどある一つの原因で立ち止まって悩んでいることに気がついたんです。

 

・自主製作の曲で音楽活動を始めたいと思った学生時代。そういうキャラじゃないし、恥ずかしくて周りに言えず、こっそり始めるも、バレないように活動していたから心の底から楽しめていなかった。

・カナダへの再渡航を夢見つつも就活を始めた大学3年の冬。官民協働トビタテ!留学JAPANで国費留学できるプログラムなんて、英語が出来て頭が良くてレベルの高い人じゃないと無理だと思ってた。

・就活でマッチする企業がなくて、自分で何かを始めた方がいいかもしれないと思いつつも、起業だなんてハードルが高いし一生縁はないと思ってた。

 

そんな私が、

・路上ライブを始めたり、そのことを公な趣味として周りに話したり

・英語ができなくてもトビタテ!留学JAPANでカナダに国費留学したり

・料理教室の開催や農家として自分の道を歩み始めたり

 

ある一つの行動がきっかけで、自分の人生を楽しめるようになりました。

 

それは

「言葉にすること」

 

一見、簡単そうで難しいことかもしれません。

 

色々な多くの悩みが、

「もし〇〇だったらどうしよう」

「もし上手くいかなかったらどうしよう」

と、起こるかどうかも分からない予想・仮定でしかないのに、どこかでストッパーをかけてしまう。

 

けれど、

「もしかしたら起こるかもしれないリスク」

を考えたからといって、必ずしも起こるわけではないし、そもそも起こるかどうかもわからないことを考えても、いくら考えても答えなんてないんです。

 

それなら、行動してしまった方が「もしかすると一回しかないチャンス」を逃さなくて済むし、行動せずに後悔することもない。

 

けれど、行動するってまずは何から始めればいいか分からない、ことも良くあるのではないでしょうか?(私がよくある笑)

 

 

こんな時には、

「まず、誰かにやりたいことや悩みを話してみる」

ことをおすすめします。

 

これが本当に魔法のようで、言霊というように、言葉にすると不思議なくらい、やりたかったことを叶えるための場所を提供してくれる方が現れたり、アドバイスをもらえたり…

 

味方をしてくれる方が実は周りにたくさんいることに気付かされるんです。

 

・音楽活動を始めて周りに話すようになってからは、ライブの機会も格段に増えたし

トビタテ!留学JAPANに応募したいことを周りに相談したら、応募書類の作成を親身に専門的アドバイスしてくれる恩師が現れたり

・料理教室を開催したいことを周りに話せば、場所を提供してくれる方が続々と声を掛けてくれたり

 

「行動する」というと、とてつもなく高いハードルのような気がするけれど、「言葉にする(行動)」は誰にでも出来る大きな力だと私は思います。

 

幾度とこうした体験をしているにも関わらず、いつになっても「もし〇〇が起きたらどうしよう」と思ってしまい立ち止まることの多い私ですが、これからはもっと自分を奮い立たせていきたい。

 

 

そんな思いで、今月4月より動き始めます。

 

・学校では教えてくれない「買い物講座」

・新生活を始める方、自分磨きに「3ヶ月で基礎を身につける料理教室」

の開講です。

 

 農家栄養士micco official site

micco-nutritionist.jimdofree.com

 

どちらも、自分の闘病経験から、誰もが正しい食の選択ができる社会を目指して、一人でも多くの人にという生きる力を身につけて欲しくて始めること。

 

「あなたの身体は、ひとつひとつの食べた物から出来ていること」

「日本人の3人に2人が、食生活が原因の生活習慣病で亡くなっていること」

「食事を学べば劇的に生活が変わること」

 

一人でも多くの人が健康に暮らしていける社会になっていけたら。

大切な人がいつまでも健康でいられるように。

そんな思いで始めます。

 

 

もちろん、農作業もしっかりと。5月には大きな節目を迎えます。

(気になる方は5月になったら直接聞いてください笑)

 

ちなみに今日は里芋の植え付けと、露地いちご・ビーツの追肥をしました。

最近は「あ~畑のあの子とあの子は元気かなぁ」なんて思いながら夜が更けていきますが、今週の代々木上原でのマルシェに向けて準備もね。

 

それでは。環境変化の目まぐるしい新学期、みなさん無理はなさらずに…

 

micco

営業OLがフリー農家栄養士になって起こった変化

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ぼんやりと思い出す短いOL時代の日々。

 

21時に会社を出て、夕飯は一本満足バーをホームで食べて、23時に帰宅したらお風呂に入って布団にダイブする。

 

朝は6時に起きて、納豆卵かけご飯を食べて7時に電車に乗り、殺伐とした満員電車の中で足がもつれて倒れそうになりながら40分間を過ごす。

 

出社は日に日に定刻ギリギリになっていった。お昼はパンで済ませることも、中華料理店のボリュームたっぷりな定食をかけこむことも増えていった。

 

 

今考えてみると、どうしてあんなに「無理」をしていたのかさえも思い出せません。

 

あの生活が当たり前で、生きていくためには必要不可欠な選択だったか振り返ってみると、全くそんなことはないし、むしろ続けていたら私は「不幸」になる一方だったと思う。

 

・当たり前のように行う始業前の仕事と残業

・健康管理が出来ない外食のメニュー

・昼休憩でも対応しなければいけない仕事

 

挙げればキリがないけれど、あの時、NOとハッキリ意思表示出来なかった自分は、これ以上同じ生活をすることで「体を壊す」未来を本能的に感じていたんだと思います。

 

きっと、持病を経験した意味は、大人になってから健康に生きるための道しるべを与えてくれたのかもしれない。

 

そんな私が、フリーランスとして農家 兼 栄養士になってから起こった生活の変化を綴ってみようと思います。

 

 

①体調を崩さなくなった

OL時代、毎月1回は風邪をひいて有給消化していました(新入社員なのに常に有給はゼロ)が、この生活を始めてから、人生で初めて1年間風邪をひかないという個人的快挙を達成。

 

②ニキビ面がファンデーション要らずになった

学生時代もこんなに悩むことはなかったニキビ。OL時代、 突如ニキビが額・頬に大量発生してしまい、色々なスキンケアを試すも治るどころかかゆみも伴う症状に。加えて、小鼻の毛穴は黒ずみ、20代前半の女子としては大きな悩みの種に・・・

それが、農業を始め、シンプルな化粧水と乳液だけを使うようになってからは、ファンデーションも要らないくらい肌に大きな変化が。今は、肌トラブルもほとんどありません

 

③心に余裕が出来た

OL時代、家にいる時間はつい家族に当たってしまったり、休日は死んだように寝るか家に閉じこもっていました。とにかく心に余裕がなくて、これからの自分の未来を考えることも、自分の周りの家族や友人、恋人に気を遣う余裕もなくなっていた。

けれど、フリーランスになってからは、まずは呼吸が整って、どんなに給与が少なくても今を楽しめるようになったし、自分で切り開いていける未来にわくわくできるようになりました。

 

④クリエイティブな発想が浮かぶようになった

一つの仕事だけをしていた時は、短いプライベートの時間に、どれだけ仕事の知識を得られるか、仕事の効率を上げることが出来るか、「マーケティング」や「ビジネスにおける対人関係」みたいな本ばかり読んでいました。

今では、農業、料理教室、料理代行、野菜販売、食セミナーなどの仕事をしているので、「マーケティング」はもちろん、「有機農業における微生物の役割」「フードコーディネート」「起業論」「アリの生態」と、幅広いジャンルの本を読んだり、関心を持っているおかげで、一つの仕事に行き詰ってしまっても、他の仕事をしたり休日を過ごすだけで突破口が見つかったりするようになりました。

 

⑤プライベートな時間が楽しく過ごせるようになった

プライベートな時間を楽しく過ごすのは当たり前のことかもしれませんが、OL時代、休日は人との関わりを絶ってとにかく体を休めたいと思ったり、友人や恋人と過ごしても平日の疲れもたたって帰宅後はぐったりしてしまい、遊んだことを後悔したりすることも・・

今は、農業の肉体労働はハードでも体を動かすことで気持ちはリフレッシュできるし、好きな料理をすることで頭の整理ができたり、平日?(勤務日)にもストレスを解消しながら過ごせているので、休日には思いっきり遊んだり好きなことをすることが出来るようになりました。

 

 

こんな感じで変化はまだ他にも沢山ありますが、とにかく生活が劇的に良くなったので、OLを辞めて後悔していることはひとつもないです。

 

ですが、もちろんフリーランス=ハッピーなんて甘い話はないわけで。

 

お給料はとんでもなく少なくて毎月定額ではないし、何をするにも自分で決めて動いて稼がなければいけないし、やらなければならない仕事は無限にあるし、休日は自分で決めてとらないとゼロの月も出来てしまうし、税金関係は自分でやる必要があるから役所に行くことも増えるし、社会的信用の問題もあるし・・・

 

あげればキリがないほど、フリーランス=忙しいは避けられないと思います。

 

 

けれど、それをフリーランス=生きていて楽しいにすることは出来ます。やりたいことが明確に決まっているのなら尚更です。

 

「雇われることを辞める」選択は、勇気があるかないかではなくて、その先に自分が幸せでいられるか?」の問いに、本能が揺さぶられるかどうかだと。

 

 

「今、自分が幸せかどうか」、判断できない人はもしかすると、忙しさやストレスで疲れ切ってしまっているのかもしれない。少し長期の休暇をもらって、何も考えずに旅に出てみたり、自然豊かな土地でぼーっと過ごしてみると、答えが見つかるかも。

 

そんな私は、畑で幸せを見つけました

 

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今日は早くも小春日和?と感じるような暖かさで、畑仕事も捗りました。白菜や大根を全て収穫して春の作付に備えて整地したり、遅れて種まきした人参の間引きをしたり、春に向けて少し気の引き締まる思いです。

 

そういえば畑で驚くような物が見つかって・・父と盛り上がったのでFacebookに後であげようと思います。ミステリーすぎるので名探偵がいればぜひ謎を解いていただきたいです(笑)

 

ちなみに料理教室もそろそろグレードアップしていく予定なので、せっせと準備を進めよう~

 

ではではまた。

 

micco

農業が教えてくれる暮らしのカタチ

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「何のために働いていますか?」

 

生きるためにお金が必要だから。

遊びたいから稼いでる。

楽しくて仕事が生きがいだから。

 

色々な意見があると思います。

 

ちょっと考えてみて下さい。

 

 

最近は一人でも、パソコンが一台あれば仕事ができて、生計も立てられる便利な時代になりました。

 

だからこそ、働き方や生き方に幅が出て、女性の社会進出も広がってきています。

 

けれど、そんな中で農業をしていると、「暮らしのカタチ」についてハッとさせられることがしばしばあります。

 

農業は一人では出来ません。

 

女性が一人で農業をしている場合もごくわずかだけどいる。その苦労は図り知れるものではありません。

 

 

では、男性なら簡単に一人で農業が出来るのでしょうか。

 

例えば、とても力持ちで体力のある男性が、毎日、早朝から農作業に出たとします。家に帰ってきてから一人で朝ご飯を作って食べて、洗濯をして、また農作業にでる。

 

しばらくしたらお昼を食べないといけない。けれど、家に帰ってお昼が出来ているわけでもないからコンビニで済ませ、また農作業に戻って日が暮れたら家に帰る。

 

「そうだ、洗濯ものを取り込まないといけない。夕飯の準備もしないと。」

 

終日、出荷作業や畑の整備、取引先への対応・・体を動かし続けてヘトヘトでも、ご飯は食べないといけない。時々、掃除だって買い物だってする必要がある。

 

何より、農業をしていて悪天候になれば自分そっちのけで、畑の補強作業や補修作業に出向かないといけない。

 

一人で農業で生計を立てるには、ある程度の自己犠牲は必要です。けれど、果たしてそれは本当に望んでいた生活のカタチでしょうか。

 

 

性別に関係なく、農業を一人で成り立たせるというのは至難の業です。

 

 

昔の農家を想像してみて下さい。

 

今ではアグリテクノロジーの発達や農業への企業参入が進んでいますが、農業は家族経営が一般的でした。夫や祖父は農作業。妻や祖母は家事や農作業の補佐を中心に。そうやって役割分担をすることで、農で生計を立て、家に住むことができ、美味しい食事にありつけて、時には家族で旅行に出かけたり。

 

農を生業としない、農作業、つまり家庭菜園なら一人でも出来ます

 

けれど、農でお金を稼ぐ「農業」は一人ではなく、仲間や家族が居てこそ成り立つ職業だと私は思います。

 (もちろん、仲間や家族がいることでそれ以上の収益を上げる必要があって、それだけの収益を上げるのが容易いことではないという問題が出てくるのだけれど・・)

 

 

だからこそ昔から、体力のある男性はよく働き、女性は家庭を守るといった性別による役割分担制の家族というものが成り立ったんだと思います。

 

けれど、今は男女に差異なく(例外はあるけれど)仕事ができてお金が稼げて、一人でも生きていくことができる。

 

そんな中で、25才ちょっとの女性である私が農業をやるのは、紛れもなく家族がいるからなし得ること。

 


インターネットを通じて野菜を販売したとしても、終わりのない農作業と毎日の家事との両立はとてもじゃないけど一人では成り立たちません。

 

「それなのにどうしてこの年で女性で農業しているの?」と思う方は

小6で難病を抱えた私の人生③ - 農家栄養士miccoの暮らし。

を読んでみて下さい。

 

 

ちなみに、こうした現在では珍しい暮らしのカタチを始めてから、現代社会で希薄になりつつある人との繋がり周囲への有難み時間の使い方生き方を考える機会が増えました。

 

会社員をしていた時、毎日家と会社の行き帰りだけで日々を過ごしていると、周囲にどんな人が住んでいるのか、自分の住んでいる町はどんなところなのか、自分がどう生きていきたいのか、大切な価値観って何なんだろう・・なんて考える余地も持てなかった。

 

けれど今は、農業を通して沢山のことを学んでいます。

 

人は自然に生かされていること、学び続けることが人生を豊かにすること、日々をただ消費するのではなく自分や周囲が幸せにいるために今できることを常に追求すること。

 

 

農業は決してラク暮らしのカタチではないけれど、日々、自分を成長させてくれる素晴らしい職業だと私は思っています。

 

 

そんなこんなで最近は、来月から始まる作付け計画や土づくりを毎日コツコツ進めています。

 

みっこのやさいでは、2月16日(土)浅草のLION BUILDINGで行われるbon art villageへの出店が決まっていますが、そこで私もトークイベントに登壇させて頂いたり、ミニセミナーも行うのでご興味ある方はぜひ。

 

それでは、また気ままに更新します・・

 

micco

他人の目線が気になるあなたへ

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先月、学生時代の友人に会いに台湾を訪れました。

 

休日がとれず、分刻みに詰まったスケジュールに、そろそろ休まなくては…と思い立ったのがきっかけです。

 

終始、歩きっぱなしの忙しい旅だったけれど、私の無茶な旅程についてきてくれた友人には本当に頭があがらないなぁと思います。。

 

そして何より、異なる文化背景をもつ友人との交流は、いつも私の人生において大切なことを気づかせてくれます。

 

互いの言語の話から、政治、社会問題、価値観の話まで、四六時中話していたけれど、自分の視野がいかに狭まってしまっているか。

 

日本で普通だと思われていることが、外から見てみると、おかしなルールや慣習だったり気がつくんです。

 

「電車の車内では、会話をするのはいいのに、携帯での通話はなぜいけないのか?」

 

「車内でのお化粧は本当にマナー違反なのか?」

 

「いくら残業しても、社内で決められた時間以上の申請ができないのは法律違反ではないのか?」

 

電車内で通話している人がいると、周囲はジロジロ見たり気にする人が多いけれど、大きな声で話しているわけでもないのに、車内で会話をするのと何が違うんだろう、とか。

 

電車内での化粧については、「だらしない」「はしたない」といった意見が目立つけれど、誰に迷惑をかけるわけでもないし、本人が気にしないのであれば問題はないんじゃないか、とか。

 

残業については、「みんなも同じように我慢しているから自分も会社のルールに従う」なんて思う人が大体だと思う。けれど、法律よりも会社のルールが優先されるなんて、そんなおかしな話はないよなぁ、とか。

 

こうした慣習をただ否定したいのではなくて、不思議な慣習に疑問を持てなくなっていること、意見が出来なくなっていることが問題だと私は思う。

 

「周りがそうしてるから自分も同じようにする」

「違和感を感じても口に出せないまま終わってしまう」

「周りにどう思われるかが気になってつい周りに合わせてしまう」

 

そうした感覚は、いつしか自分の価値観までをも崩壊させてしまうことがある。

 

 

以前私は、常に、誰かに自分をジャッジされているような感覚に陥っていたことがありました。

 

自分がどうしたいかではなくて、自分がどう思われるか、他人の目線を気にして物事を決めていたせいで、生きるのにどこか窮屈に感じていたし、自分を好きになれずにいたこともそこに直結していたと思います。

 

(日本の文化は、思いやりとか場の空気を読むとかいった慣習をこじらせて、常に他人の目を気にして生活するよう強いられてる気がする…)

 

 

例えば、服装

「本当は着たい服があるけど、派手とか似合わないとか思われるのが嫌だからやめようー」とか、

 

体型であれば、

「細い=良い」という考えが一般的だから「少しでも太ったらポッチャリのレッテルが貼られる」なんて恐れたり、

 

会話であれば、

周りと違う意見をもっていても、嘲笑されたり批判されたりしそうなら「そうだよね」「私もそう思う」と周りに合わせてしまったり、

 

色々なことに対して、他人の物差しで判断したり、自分を測ってしまっていました。

 

そして、その行動の根底にあるのは、「間違えることや批判されることへの恐れ、他人に受け入れられないことに対しての不安」でした。

 

いわゆる、自己肯定感が低い状態。

こうした考え方にとらわれている人は少なくないはず。

 

だからこそ、他人に対しても同じように自分の物差しで測ることを無意識の内に強要してしまっている、なんてないでしょうか?

 

国の文化が違えば受け入れられる違いも、同じ国の中では受け入れられない、なんておかしな話で。国が同じでも「育った環境は違う」ことを考えれば、違うのは当たり前なのに。

 

 

どんな服を着ていたって、自分が幸せでいられる好きな服装ならそれで良いじゃない。

 

痩せているか太っているか、外見だけで判断する人はあなたにとって重要な人じゃない。そこに良い人間関係は生まれるはずがないんです。

 

自分の意見が周りと違くても、意見をするのは個人の自由。間違っていれば次は間違えなければ良いだけ。批判されても、相手の意見が正しいとも限らないし、結論が「同じ意見」になる必要なんてないのだから落ち込むことなんてない。

 

 

そんな風に考えてみると、他人に何を思われても、それはあくまでも他人の物差しで、あなたの価値観ではない、ということに気がつくのではないでしょうか。

 

自分に自信がなくても、自分の価値観を大切にすることを始めてみると、自然と気持ちが楽になるし、「なんだか色々なことに対して構えすぎてたなー」なんて思えてくる。

 

 

日々の生活の中で、息苦しさを感じたら旅に出たり、違う文化の中に飛び込んでみるのも悪くない。今までの常識が、通用しなかったり、ひっくり返されることも沢山あるからおすすめです。

 

 

さてさて、2018年も最終日。

 

今年一年、やるべきことに追われて一日一日があっという間に過ぎていってちょっぴり焦ったり、人生で初めて一年間一度も風邪をひかなくて自分の体調の変化に驚いたり、人前で話す機会が増えて学ぶことがぐんと増えたり、ワクワクするような新しい出会いが沢山あったり、人生って面白いなと思える一年でした。

 

来年はどんな一年にしようか・・・

頭を柔らかくして色々なことに挑戦し続けたいな。

 

それでは、良いお年をお過ごしください。

 

micco

小6で難病を抱えた私の人生③


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自分の持病について綴る時、これからの生き方と向き合わないといけないような気がしてつい避けたくなることがあります。

 

けれど、綴ることで何か踏み出せたような、そんな気持ちになるのも事実。

 

人にさらけ出したくない部分だからこそ、思い切って打ち明けてみると、さーっと視界が開けることもあるんだと、あの頃の自分に教えてあげたい。

 

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トビタテ留学では、出発までの残り1ヶ月の間に飛行機の手配や、主治医に診断書を書いてもらったり、会社に事情を説明して入社までの流れを考慮してもらったり…準備に追われていたせいか、今になってはどんなスケジュールで動いていたか思い出せません。

 

大学では、所属している研究室での研究をやめて留学をして、「単位がもらえるか=卒業ができるのか」、ここにきて大きな壁が。

 

前代未聞の事例ということで、学科長と何度も話をして、留学先でのフィールドワーク内容に合う他学科の研究室への編入をお願いし、留学先で執筆した論文を単位として認めてもらえないか、最終的には、学長の許可が必要ということに。

 

学生課の偉い方?(もはやド緊張で学長だったかお偉いさんだったか誰だったか覚えていない…)から呼び出され、直接、申し立てをさせてもらえました。

 

 

そして結果は、

 

「努力されて勝ち取った留学、頑張ってきて下さいね。」

 

今までの滞りが嘘のように、すんなりとOKをいただけることに。

 

それからというものの、急ピッチで留学準備が進んでいき、他研究室への編入、留学中のやりとりの調整が済み、無事、バンクーバーへ飛び立ちました。

 

 

現地では一人。英語は中学英語程度、リスニングはネイティブスピーカーの英語を聞き取れないほど。そんな私が、半年間の留学で3ヶ月間は語学学校に通い、その後の3ヶ月で現地のファーマーズマーケットにて「食に関するアンケート調査」を単身でするという、今思えば無謀な挑戦でした。

 

語学学校を卒業するまでに、ファーマーズマーケットへのアンケート実施許可を取る必要があったけれど、英語力への不安や、断られた時の恐怖に怯えてギリギリまで後回しに…。

 

そんな不安を、現地で別内容の留学をしているトビタテ生に、ぽつりと呟いてみる。すると、彼女はこういって背中を押してくれました。

 

「そんなん大丈夫。こっちの人なら多少の間違い気にせえへんやろ。ぺっ!て送ったらええやん。」

 

一人では足りなかった勇気も、彼女の一言で勢いに任せて送信ボタンを押すことが出来ました。

 

返事はすぐに返ってきて無事に承諾してもらえ、毎週末のアンケート調査が始まることに。初めはカンペ通りに覚えた文で恐る恐る声を掛けていたけれど、出店者やお客さんとの小さな会話から、英会話への抵抗がなくなり、辛かったアンケート調査も楽しみに変わっていきました。

 

調査結果は大変興味深い結果が得られ、卒業論文も無事に現地で書き終えることができ、名残惜しくも帰国し、大学卒業。新卒での入社にも間に合い、全ては順調。のように思えました。

 

 

そう。入社後1年経たない内に会社を辞めるだなんて、あの頃は想像もしていませんでした。 

 

社会人になってから、生活の基盤としていた食生活が崩れ始め、毎月体調を崩して頻繁に会社を休むようになる始末。体重は増加し、肌は荒れ、心身ともに疲れ始めていました。

 

そんな時、

 

「自分は何のために生きているのか」

「何を目指していたのか」

 

ふと思い返してみると、「体にとっていかに食が大切か」「食生活で変えられる人生があること」を伝えていくことが、自分の目指していた道じゃないか。自分の生活も疎かになっている人間に、何が出来るんだろう?と自責の念にかられ、自分への自信もだんだんと無くしていきました。

 

 

入社後11ヶ月、転職先も決めずに、退職。

 

退職後、気付けば表情は固く、笑顔もぎこちなくなり、人と接することに対してどこか苦手意識が芽生えていました。

 

「どんな環境でも乗り越えていける」そんな自負とは裏腹に、心身へのダメージは大きかったようで、しばらくは養生することに。

 

ある時、リフレッシュも兼ねて、父の手入れする畑に出向いてみました。農薬も使わない畑には小さな草があちこちに。コツコツと無言で夏草を摘み取っていく父。多種多様な作物の姿に、興味津々な私。

 

一緒になって草をむしっていると、野菜に虫がついていたり、少し元気のない苗があったり、アリが一生懸命になってエサを運んでいたり。上を向けば、入道雲が広がる夏の空を綺麗だなぁと思ったり。

 

何にも追われない空間に、呼吸が楽になっていくような感覚がありました。

 

同時に、食物がどうやって出来るのか、ちゃんと知らなかったことに気がつきます。「食の大切さを人に伝えるのに、食べ物のことについて知らない私が何を語れるだろうか?」

 

その時から、まずは食について身をもって学ぼうと決心。

 

そんなこんなで流れ着いた農業でしたが、よくよく考えてみると一時は禁止されていた「激しい運動」も「風邪をひかないよう予防すること」も忘れてしまうくらい、健康的な体つきになり、大した風邪も1年間ひかないくらい、元気になっていました。

 

それでもまだ、IgA腎症は完治していません。薬も飲み続けているし、定期検診のために病院にも行っています。

 

けれど、今の自分は、やりたいことに向かって毎日を必死に生きているし、それでいて生き甲斐を感じているし、何より、生きていて良かったと思える。

 

ましてや、病気を患ったことによって出来た味方や仲間、変われた自分、広がった世界、得たことの方がうんと多い。

 

一人で悶々と悩んでいたこと、誰かに何かを相談したり、悩みを打ち明けるのが苦手だった頃を思い出すと、「ほんのちょっとの勇気」がなかったことに気付かされるし、病気が理由で物事が上手くいかなかったのではない、自分自身に原因があったことに気が付きました。

 

その人の苦しみや辛さは、その人にしか分からないけれど、命がある限り、各々の人生を楽しむ権利は誰にだってあるはずです。

 

どこか不自由でも、「ほんのちょっと踏み出す勇気」があれば、人生なんて選ぶことが出来るし、その勇気を応援してくれる人は沢山います。

 

何か壁に打ち当たって辛くても、強い思いを持ち続けることが大切なことだと身をもって実感したからこそ、今も病気が治らずとも前を向いて進んでいけるんだと思う。

 

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ここに書ききれなかった出来事や思いも沢山あるけれど、またいつか機会があれば。

 

歳を重ねるにつれて、知らなくていいことや考えなくてもいいようなことが重荷のように積み重なって、時として行動の範囲を狭めてしまうことがあるけれど、小さい子ども達やこれからの社会を担っていく世代に(私もだけど)胸を張って生きていける人でありたいなと、つねづね思います。

 

秋の夜長に、しみじみとしてしまいましたが、まだ25歳。

 

これから長いはずの人生、まだまだ物語は続きそうです。

 

朝晩、冷え込んできたので皆さんも風邪をひかぬよう暖かくしてお過ごし下さい・・・

 

micco

 

 

小6で難病を抱えた私の人生②

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前回の投稿に、思ったよりも沢山の方に反響をいただき正直驚いています。

 

色々なコメントをいただいて、様々に感じとっていただいて、とても嬉しいです。

 

ただ、一点だけ誤解のないように…現在の私は、健康で長生きしたいと心底望んでいるし毎日、生き生きとのびのびと過ごしているので、今は悲観的になることもないし、前向きに生きているのでご心配なくです。(笑)

 

ということで、あくまでも、みっこの歴史(過去)として続きをご覧ください。

 

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入院も慣れたもので、持ち物は準備万端。

 

気持ちは落ち着いていたけれど、主治医からはステロイド療法は、躁鬱状態や食欲過多、ムーンフェイス(お月様のように顔が丸く浮腫む)などの副作用がでる」と言われていただけに、少し不安もありました。

 

この療法は、半年間のうちに3回入院して大量のステロイドを点滴で投薬します。カルシウムの吸収を阻害するので、伏せて、一粒500円もする骨粗鬆症の薬を飲むことに。(国の補助金さまさまでした…)

 

起床時、食前にコップ一杯の水と一緒に飲み、服用後30分間は横になることも食事を摂ることも禁止の薬。平日の朝は忙しいから休日に飲むようにしていました。

 

 

入退院を繰り返す間の学校生活は、副作用で変わっていく外見を受け入れられず、悩んだ時期もありました。

もともと、かなりの少食・偏食で骨と皮のような体型だっただけに、丸っとした顔つきは目立ち、食欲は変わらなかったものの、気分の浮き沈みや、強い薬に荒れる胃腸、服用時間による行動制限へのストレスなど…

 

今考えると、昔の自分に「良く頑張ったね」と一言伝えたい。あの頃にだけは一生戻りたいとは思えないけれども。

 

その後、全身麻酔での扁桃腺摘出手術。

 

術後の痛みで唾も飲み込めず、喉から出てくる血を見ては、「息してるだけで、生きてるだけでもありがたいことなんだ」と思ったり。

 

「これを乗り越えれば、きっと持病とおさらばできる」と期待もしていました。

 

 

術後の検診で、尿潜血もほぼなくなり、「ついに…!」

 

と思ったこともあったけれど、人生そんなに甘くはなく、藁を掴んだと思ったのも束の間。

 

半年後にはいつもと変わらぬ数値をみることに。

 

この症状は「残り香のようなものだから経過観察しましょう」と言われ、今でも一種類の薬だけは手放せません。

 

高校生活では、こうした状況の中でも周囲に支えられ、受験勉強も予備校に通ったりしながら何とか乗り越えられました。一時期は進路に悩んだりもしたけれど、「体にとっていかに食が大切か」「食生活で変えられる人生があること」を知ってからは、食の道を志そうと決心。

 

当時感じていた、添加物の安全性への不信感や栄養学への疑問を解決したく、栄養科のある大学へ入学しました。

 

栄養士免許取得コースのため、朝から晩まである授業に加え、大量のレポート課題。指定校推薦で入学した私は勉強の面でついていけず、テストは赤点もしばしば、単位取得に苦労しました。(笑)

 

大学在学中、「また、いつ体調を崩して入院するかわからない」けれど、体調が安定している貴重な時期。

 

だからこそ、「今できること、やりたいことを精一杯やって後悔を残さない」ために、アルバイト、音楽ライブ活動、サークル、インターンシップ、短期カナダ留学…今まで好きなように動けなかった自分への当てつけのように、毎日を生きました。

 

そんな中、大学3年で出会った「トビタテ!留学JAPAN」返済不要の奨学金で留学に行ける?!我が家は裕福な家庭ではないし、大学は返済必須の奨学金を借りていて、小さい時から医療費ではかなり負担をかけていたこともあり、音楽活動にしろ短期留学にしろ、全て自分のアルバイト代で賄っていました。

 

それゆえ、預金残高が潤っているわけでもない、けれどもう一度カナダへ留学したい私は、居ても立ってもいられなくなり、就職活動と平行して大学3年の冬に応募を決意。

 

就職活動では、自分のビジョンに合う企業がなかなかなく、その中でもほんの2社程度、理想に近い企業へアプライしました。

 

せっかく元気に生活できているのに、妥協した選択をするのだけはどうしても許せなかった。だから、

「ここがダメだったら、自腹で一年休学して考えよう」という決心で就職活動をしていました。

 

トビタテ留学においては、書類審査の応募締切がギリギリであったし、「いわゆる頭のいい人が奨学金をもらえる」「心身ともに良好であること」が前提だと思っていたので、正直自信もなく、ただ、「挑戦せずに後悔だけはしたくない。」その一心で当時は動いていました。

 

 

大学4年の7月。

 

「トビタテ留学の合格通知」

「第一志望の会社からの内定通知」

 

大学生活残り半年にして、再び、私の人生が大きく動き始めた瞬間でした。

 

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綴り始めたら、色々な思い出や感情がバーッと溢れてきて、2編にまとまらなくなってしまった…(笑)

 

後から振り返ると、「人生って面白いなぁ。」なんてお気楽に思えるけれど、その時は毎日が必死で、悩みながらパンクしそうになりながら生きていて。

 

気付いたら、全てが今の自分に繋がっていて「また頑張ろう」と思える。

 

嫌なことも、人生どん底、みたいなことも起きるけれど、「死ぬこと以外はかすり傷」と思えるようになったのは、紛れもなく病気のおかげなんだろう。ありがたや。

 

 

さて、稲刈りやら天日干し、種まきの農作業に追われていたらあっという間に9月も半ば。

 

10月頃までは種まきがあるので、天気とにらめっこしながら徐々に進めていきたいと思います。

 

続きはまた後日…

 

micco